いつも心に太陽を 唇に歌を

" 晴れ時々弾き語り、のちタコス "

この個体を慈しみ愉しむべし

呼び名や属性って本当は後付けで、一体どこまで意味があるんだろう?

鳥は彼らが「鳥」というグループに属していることは知らないはず。

「すずめ」「つばめ」「うぐいす」「ひばり」「わし」「たか」「からす」...

その鳥が自分は「〇〇」だ、なんて気にも留めていない。もしも、つばめに

「あなたはつばめと呼ばれていますね。それについてどうお考えですか?」なんて

尋ねても「はぁ?」と首をひねられるに決まっている。

ただ、本能にまかせて今日も自由に空を飛び、巣作りをしヒナを育て生きているだけ。

 

人間世界にも様々な呼称や名前があるが他の生き物とそう違わない。

大統領もスーパースターも凡人もこの世に生を受けた以上いつか亡くなる。

そういう意味では平等だ。

 

「生きてるだけでまるもうけ」とは、明石家さんまの有名な言葉。

事実、娘の名にも反映されている。

 

そうなのだ。どんなに長寿だろうといつかこの身体と命は果ててしまう。

"それまでの付き合い"というと語弊があるが

この世に別れを告げるその時までは

両親から与えられた『この個体』を慈しみ愉しもう。

樹木希林が放った「面白がって生きればいいのよ」という言葉もステキだ。

 

自分の名さえも知らぬ鳥たちがさえずり、空を舞うように。

本名だろうと芸名だろうとどんな呼び名で他人から呼ばれようと

どこに所属していようといまいと関係ない。

 

以上、妻の三回忌を前にそんなことをふと想った、という取り止めのない話。