いつも心に太陽を 唇に歌を

" 晴れ時々弾き語り、のちタコス "

感得すべきもの

書店で最近やたらと目に付く『FIRE』のタイトルが入った数々の新刊本。

文字通りの"火"や"炎"ではなくFinancial Independece Retire Earlyの略で

経済的に自立して早期にリタイアして自由な暮らしを謳歌する意らしい。

経済力やお金は人生という散歩道ではいざという天候になった時に

傘の役割を果たすものだから結構なことだと想う。

自分も含めサラリーマンなら多かれ少なかれあやかりたいと想うだろうし、

老後の蓄えが心もとないご時世だから書籍がブームになっているのも頷ける。

 

さはさりながら自分には別モノで得たいものがある。

 

故・河合隼雄は「21世紀は宗教が大切な時代になるだろう」と言っていた。

そして、あの島田紳助が「これからは心の豊かさが大事やで」ということを

かつてのTV番組で発言している動画をYoutubeで視た。

この2人の発言は自分の中では完全にオーバーラップする

 

河合隼雄が言っている宗教という言葉は特定の宗教を指しているのではなく

個々人の中に揺るぎなく立つ柱のようなものだと解釈している。

それは宗教というよりも個人的な信念みたいなものかもしれない。

 

島田紳助はモノがあふれて生活が便利になり何もかも手に入れた現代人には

もはや欲しくてたまらないモノはそうなく、だからこそ心や内面の豊かさに

向かうべき時期に来ていると説いている。

 

どちらの発言もすごく分かる気がする。

 

富や名声や他人が羨むような家や家族・人間関係を手に入れた人であっても

「自分は何のために生きているのか分からない」とこぼす輩は後を絶たないという。

だけどそれだって所詮他人のことで自分のことじゃないのだから定かではない。

 

結局、幸・不幸は自分の外ではなく内側に存在するのだ。

人は"幸福になる"のではなく"幸福である"のがあるべき姿で

「ボロは着てても心は錦」って言い得て妙。

 

確かに『FIRE』もいいけど、それだけだと一周回ったら振り出しに戻りそう。

 

どうやって心に錦をまとわせていくのか。

そんなことを考えながら今日も人生という散歩道をぶらついている。

 

それにしても今想えば島田紳助って『FIRE』の先駆けみたいな人だった。