いつも心に太陽を 唇に歌を

" 晴れ時々弾き語り、のちタコス "

持つべきものは『空間』なり

今日もZOOMを使っての社員研修があった。

そこには従来の『空間』がある様でない。

あるにはあるのだろうけどこれまでの対面時とは異質の『空間』だ。

画面越しでの話者同士のやり取りは呼吸が合わず微妙なズレを産む。

 

通勤電車内でもマスク姿の人々がただ黙りこくってスマホをいじるだけ。

ここでもかつての様な『空間』はない。

 

子供達が独りずつに分かれて静かに給食を食べる姿や

楽しいはずの学校行事やイベント中止のニュースを見るにつけても

コロナ禍が奪った大きなものの一つが『空間』であることを再認識する。

 

もう久しく『空間』が人間社会から失われた今でも

初秋になると虫の鳴き声が夜な夜な聴こえてくるのは救いだ。

彼らにはカラオケボックスもコンサートホールも要らない。

 

リセットしたい時は"自然に身を置け"みたいなことを言う人がいるがその通り。

自然界はけっして空間を失ってはいないしこれからも失いはしない。

 

今夜も部屋の灯りを消すと虫の音を枕にして眠りに就ける。

もし都会で暮らしていればこうはいかないだろうからありがたい。

 

"花鳥風月"に象徴される自然は本当に「いとをかし」だ。

そう感じる自分自身が若かりし頃と変化していることにも気付く。

 

そして間違いなく『空間』は生活や人生の豊かさの一つと想える。

『空間』を感じる力を忘れずに日々を過ごそう。